神さびる(荘厳で神秘的である)国、我が日本

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平和を維持するためには「強さ」が必要である (門田隆将さんのブログより)

「治に居て 乱を忘れず」と生命の尊さ
http://www.kadotaryusho.com/blog/2014/03/post_749.html
【2014.03.22 の門田隆将さんのブログ】

18日に高知で桜の開花宣言があったが、さすがに西日本は温かくなっていることを実感した。本日、私は次の作品にかかわる海軍の元兵士にお会いするため、山口県岩国市にやって来た。

昭和19年12月30日に米潜水艦の魚雷攻撃によって沈没した駆逐艦・呉竹(くれたけ)の生き残りのお二人である。“輸送船の墓場”と呼ばれた台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡で沈んだ「呉竹」には200人近い乗組員がいたが、今日、話を伺った元機関兵(89歳)と元通信兵(86歳)を含む29人だけが漂流の末、生き残った。

沈没後70年近く経った今では、その29人も生存者は「数名」となった。呉の海軍墓地で毎年9月23日の慰霊祭に訪れる呉竹の元乗組員は一人減り、二人減り、昨年は、今日お会いした「二人だけ」になったそうだ。

私は今、この呉竹に乗り、若き命をバシー海峡で散らした京都帝大法学部出身の海軍少尉の人生を追っている。しかし、この人物のことを知る関係者があまりに少なく、取材に苦戦を余儀なくされている。

戦争ノンフィクションは、取材対象者の多くがすでに亡くなられているケースが多い。苦戦はもとより承知しているので、負けずに取材をつづけていこうと思う。

本日の二人の貴重な証言によって、呉竹が沈没した時のようすや、九死に一生を得た兵士の“生と死”を分けたものは何だったのか、興味深い話を伺うことができた。今後の取材の展開が楽しみだ。

さて、私は、昨日、旧海軍兵学校のあった江田島を訪れた。もう何回目かの訪問だが、今回はこれまでとは違った趣きがあった。今回は、海上自衛隊幹部候補生学校の卒業式に招かれ、初めて伝統の式典を目の当たりにしたのである。

私は、これまで戦争ノンフィクションを文庫も含めて8冊ほど上梓している。そのため、幹部学校その他に講演に呼んでもらうことがある。その関係で、今回招待してくれたようだ。

有名な卒業式だけに、マスコミも含め、多くの参列者があった。安倍首相の夫人、昭恵さんやアメリカ海軍の第七艦隊司令官、チリの特命全権大使……等々、多くの関係者の参列の中で厳粛な卒業式が執りおこなわれた。

海軍兵学校は、帝国海軍のエリート士官養成学校である。明治21年に設立された同校から、規則の厳しさだけでなく、カッターをはじめ過酷な訓練が現在まで脈々と受け継がれている。

現在の幹部候補生学校は、防衛大学や一般の大学・大学院を卒業した人を対象にしている。今回は、1年間、ここで一般幹部候補生課程を勉強し、修了した者が174名(うち女性が19名)、そのほかにすでに現場でパイロットとして任務についている人たちを対象にした飛行幹部候補生課程を修了した48名(うち女性3名)、合わせて「222名(うち女性22名)」が卒業していった。

聞けば、今では、防衛大学出身者と一般大学出身者が数の上で“半々”になっているというから興味深い。彼らが御影石の伝統の大講堂で、卒業証書を一人一人、受け取っていったのである。

アメリカ海軍の第七艦隊司令官の祝辞も含め1時間40分にわたって、式典はつづけられた。私は、どの学校の卒業式とも異なるこの厳粛さは「どこから来るのか」と、式典の間、ずっと考えていた。

私は、それは「命」、すなわち「生と死」ではないか、と思った。そこが一般の学校の卒業式と根本的に異なるところだ。ここに参列している父兄たちは、言うまでもなく晴れの日を迎えたわが子たちの大いなる未来に期待をかけているだろう。

無事、海上自衛隊の幹部として最後まで職責を全うしてくれることを親たちは祈っている。しかし、激動のこの21世紀に今後30年、40年、日本を取り巻く情勢が平和であってくれる「保証」はどこにもない。

いや、太平洋に覇権を確立しようとしている中国と、まず「尖閣」、その次は「沖縄」をめぐって、どんな形であれ、紛争が勃発する可能性は決して小さくない。その時、最前線に立たなければならないのは、咋日、卒業証書を受け取った彼ら、彼女らである。

私は、これまでの戦争ノンフィクションで、海兵68期から72期の人たちを中心に取材をさせてもらったことがある。その時、これらの期のあまりの戦死者の多さに愕然とした。彼らは、同じようにこの講堂での卒業式を経て、巣立っていった人たちである。

独特の厳粛さが漂うのは、やはり先輩たちが流した血と涙、大海原に消えていった若き命の尊さではないか、と思う。すなわち「命」というものに対する哀惜(あいせき)が、見る者に独特の感傷をもたらしているのではないだろうか。

私は昨日、この伝統の卒業式をそんな思いで見守っていた。そしてその翌日である今日22日に、バシー海峡から奇跡の生還を遂げた元兵士とお会いしたのである。

日本がいつまでも「平和」であって欲しい、と願うのは国民誰もに共通するものである。しかし、その平和を維持するためには「強さ」が必要であることは言うまでもない。

それを最前線で命をかけて示すのが、彼ら、彼女らなのである。呆れるような「空想的平和主義」という幻想論を振りまき、これに寄って立ってきた戦後ジャーナリズムの欺瞞(ぎまん)は、今もつづいている。そんな中、日本を守るために毅然と最前線に立とうとする若者たちがいる。

卒業式が終わったあと、目に涙をためながら、私たちの前を敬礼と共に行進し、遠洋航海へ旅立っていった卒業生たち。私は、この若者たちに幸いあらんことを祈らずにはいられなかった。それは同時に、日本の未来の「幸福」を意味するものでもある。

「治に居て 乱を忘れず」――私の頭の中に、この言葉が今日ほど強く印象づけられた日は、かつてなかった。


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お世話様です 

いつも大変お世話様です。

>平和を維持するためには「強さ」が必要である 

本日、私も、久しぶりに、日本の核武装の必要性についての記事を作成しました。

良い情報などあれば、是非TBをしてください。
TB先には、必ず訪問するようにしておりますので。
  • posted by coffee 
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  • 2014.03/23 11:14分 
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Author:古東正舟
平成21年(2009)初春ごろからネットを始めました。
特定アジアの実態を深く知るようになりました。
日本消滅の危機感を抱いています。
日本を子孫にリレーするために在日特権廃止、パチンコ撲滅、
NHK解体などを断行すべきです。
日本再興を願っています。

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